那珂市の地域バーチャルタウン(事業者情報):アッとタウン那珂

常陸二ノ宮 静神社

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静神社のご案内

・ 静神社の由来
静神社は、かって、東国の三守護神として鹿島神宮、香取神宮、静神社として崇拝されてきました。延喜式名神名帳(927年)にも、鹿島神宮などとともに、「名神大」と記され豊臣家から社領として、150石が寄進され、徳川家からも同額の朱印が付されたいます。常陸ニの宮としても古くから信仰を集め、初詣、節分祭、そして神事の「つた舞」「お笹明神」が行われる秋の大祭(11月25日〜27日)は、多くの参拝客でにぎわいます。主祭神は 建葉槌命(武神) (たけはづちのみこと) 名倭文神(織物の祖神) (しどりのかみ) 相殿神は 手力雄命(たじからのみこと)高皇産霊命(たかみむすびのみこと)  思兼命(おもいかねのみこと) でもある神門の前には、昔ここが織物の里であったことを示す『常陸国風土記』の碑が建っています。
本殿には国の重要文化財に指定されている社宝の銅印が納められています。水戸藩主徳川光圀公が社殿を修造する時に本殿脇の大きな桧の根本から『静神宮印』とほられた銅印がみつかったことを大層よろこび、黒塗りの箱に納めて社宝として神社に蔵したとされています。
天保12(1841)年の火災で、徳川光圀が造営した社殿が焼失。現在の壮厳なたたずまいの本殿・拝殿は、水戸家9代藩主斉昭が再建したものです。

静神社の由来


・ 殷賑を極めた霊地
かって、この地は3つの神社が鎮座し、さらに、7つの寺院がこれを囲んで大きな霊地を形成していた。また、水戸から奥州に通ずる棚倉街道に面し、交通の要地でもあり、門前町、宿場町として、殷賑をきわめていた。現存している下宿、中宿、門前の地名や藤屋、伊勢屋、池下屋などの屋号はこれを物語っている。静を中心に郷名を倭文郷と称したが、起こりは倭文神の神名によるもので、倭文を「シドリ」と読むのは、「常陸風土記」(713年)にある「静織の里」の「シツオリ」の約言でもある。
殷賑を極めた霊地


・ ご祈願は静神社へようこそ
◎  延喜式の名神社
 創建は不明であるが国史上、850年以前(文徳実録 「文徳帝嘉祥3年(850年)9月使を遣わして静神社に奉幣せしむ」とある)と推定され、日本書紀(720年)、古語拾遺(807年)にも主祭神 武葉槌命の記載がある。延喜式神名帳(927年)には、鹿島神宮などとともに「名神大」と記されている
◎  年中行事 
 初詣 1月
 節分祭 2月 節分の日
 春の例祭 4月1日  花祭り 4月
 御田植え祭 6月5日
 七五三祭  11月15日
 新穀感謝祭 11月23日
 織物祭   11月25日
 秋の大祭(神事 
  宵祭   11月25日夕刻より
  本祭   11月26日
       11月27日 (神事 つた舞 お笹明神)
 家内安全 商売繁盛 無病息災
 安産 交通安全 合格祈願
ご祈願は静神社へようこそ


・ 三十六歌仙
三十六歌仙小野小町ほかの県指定文化財 偏額三十六歌仙絵 縦44cm、横30cmの杉柾目板に絵柄を浅く彫り込み、金箔を塗り繊細な彩色をほどこした見事な作。
水戸第三代藩主徳川綱條公が1705年に奉納。


 三十六歌仙




・ 鹿島神宮との関わり
鹿島神宮との関わり
鹿島神宮との関わりは古くからあり、常陸一ノ宮、二ノ宮と並び称されているばかりではなく、鹿島神宮の境内に高房社として、静神社が祀られ、拝殿にお参りする前に高房社にお参入りするほどです。また、奥宮の建立に際して、静神社の木が用いられ、海を渡り、鹿島の下津(おりつ)の港に運ばれ、海側から鹿島神宮に運ばれたといいます。




常陸二ノ宮 静神社
〒 319-2106茨城県那珂市静2
TEL 029-296-0029 FAX 029-296-2345